ecocoro  |  yumiyumi

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エコについて日ごろ感じることを綴ったbcck。
ecocoroとは、eco(エコ)とcocoro(心)を合わせた造語。

ecocoro

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エコとの距離

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1日の中で、何度もエコという言葉や文字に触れるようになった。CMや広告にしても企業のエコ商品アピールはものすごい。それだけ世間の環境に対する意識が高くなったのだと思うが、個人的ながらまだ「エコ」について1歩引いてしまうところがある。ごみの分別やマイ箸など個人でやれることはいろいろあるが、それらの行為で本当に環境回復につながるのか。環境の変化で動物たちの棲み処や生き方も変化を余儀なくされている。このような状況をどうとらえればいいのだろう。

気温の上昇や砂漠化、北極の氷が溶けて白熊が溺れる、という話を聞くと地球人として心が痛む。私はこれからもこの星に住むのでなおさら心配である。だから環境のために良いとされることをなんとなくではあるがやっている。なるべくビニール袋をもらわないとかごみの分別とか割り箸を使わないとか…。しかしものをリサイクルリユースすることで逆にエネルギーを消費してしまったらそれはエコなのか?って話が出てくる。

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reuse reduce recycle

実は分別したものが最後は結局ごみとして捨てられているとか、可燃物のごみの中にペットボトルのごみが混ざっていたほうが焼却の際に燃えやすく余計な燃料がいらないとか、割り箸を使ったほうが製材残材や間伐材等の有効利用になっているとか、そういう話を聞いたりすると何がエコで何が環境破壊なのか分からなくなる。

エコ?

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アンケート

コッソリアンケートにて、500人にエコについて聞いてみた。

「最近エコ家電やエコバッグ、環境 CMなどエコについて関心が高まり つつありますが、あなたはどのく らいエコへの関心がありますか」

http://find.2ch.net/enq/result.php/24040/l50

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アンケート結果

エコに関心があり、なにかしらやらなきゃと感じている人は約半数にも及んでいた(48%)が、逆に環境は手遅れ・無関心・経済を優先させるべきという回答もあった(37%)。

環境問題と快適で豊かな生活の安定とで、生活のほうを優先してしまうのは、夢や見栄・楽しさを追い求めたいという人間の向上心や無限の欲があるからだと思う。その夢の実現を邪魔される気持ち悪さが、環境汚染に歯止めがかからない原因になっているのかもしれない。







(画像:コッソリアンケートより)

ならば、エコをビジネスにしてしまえという考え方もある。
ap bankのプロジェクトの一つとして、kurkkuというエコショップがある。この店に並ぶ商品はリサイクル品であったりするのだが、どれもデザインがされている。エコすることとデザインとを合わせることでブランドとしても成り立つということがわかる。スイス発の「FREITAG」なんかが良い例だ。「FREITAG」は不要になった運送トラックの幌を利用して、メッセンジャーバッグにしているブランドである。

エコ+デザイン=?

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リサイクルでありながらブランドとしての価値がある、というのは人にとっても環境にとっても都合の良い話なのだが、この場合リサイクルするもとのものがなければエコ商品を作り出すことはできない。FREITAGがいくら人気があってもトラックの幌が無くなればバッグを作ることができない。(そうなったら別の素材で新しいリサイクル商品を作り、この危機をブランドの展開として乗り越える方法もあるかもしれない…)

エコとブランド

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