山本くんには友達がいない  |  davinci

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山本くんには友達がいない

 
 
 
山本幸久

 
 
 
 

 
 
 
Yukihisa Yamamoto

第14回

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Yukihisa Yamamoto

 
山本くんには友達がいない

前回までのあらすじ

中学受験生の山本くんは、毎週日曜日、塾に通う。唯一の楽しみはマンガを読むこと、そしてマンガのストーリーを考えること。学校にも塾にも、友達がいなかった山本くんだが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というマイペースな少年と知り合い、いじめっこ萩原とも会話するようになり、マンガ好きという黒須のお姉さん・福子の働く店へみんなで訪ねたりと、少しずつ山本くんの日々が変わりだす。
ある日、学校帰りの山本くんの前に、突然家出してきたと黒須が現れる。しかも、ともに家に帰ればなぜかクラスメートの堤が待っていて……。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
 
 
 
 
山本幸久

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山本くんには友達がいない

 

 
 
 
 
 
 
 
 
        第14回

「あら、お帰りなさい」母さんが台所のほうからでてきた。「今日は千客万来ねぇ」
 にこやかに笑ってはいるが、目は怒っている。あぁ、きっと日曜模試の結果が悪かったんだな。母さんの表情を見て、山本くんの心は重くなった。
「こんにちは」
 黒須は卒がない。母さんに軽く会釈するその態度は、まるでおとなのようだ。世慣れているとでもいおうか。その礼儀正しさを見る限り、だれも彼が家出をしてきたなんて思いもしないだろう。家出というのは駅前のゲームセンターで中学の不良とつるみ、たばこを吸うようなヤツがするものだ。IQが人並み以上(300はないらしいけども)、代々木上原進学教室の成績が三桁の人間がしてはいけない。
「きみ、だれ? 学校で見たことないなぁ」
 縁側に座る堤が訊ねる。そのとき山本くんは堤が今週の

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山本くんには友達がいない

 

ジャンプを手にしているのに気づいた。開いているページは、代々木上原進学教室で試験官のバイトをしている沢田のデビュー作、『突撃!ずんどこ仮面』だった。それはともかく、堤の座る右脇にはジャンプが数冊、積まれていた。
 ぜったい、ぼくのだ。母さんが、息子が帰ってくるまでこれでも読んでいてちょうだいね、とでも言ってだしたにちがいない。
 山本くんは無性に腹が立った。だけどここでいま、怒りだしたら、みんな戸惑うだけだろう。そう思って、ぐっとこらえることにした。
 そのあいだ、黒須は堤に微笑みかけてから母さんのほうをむき、自己紹介をしていた。
「日曜模試でいっしょなの?」
「ええ。なんか気があっちゃって。な?」
「あ、うん」とうなずくしかない。

 

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く』が使い分けられるのだ、それくらいたいしたことないかもしれないけども。
「ちがうよ」堤があっさり否定した。「だれもヤマさんなんて呼んでいないよ。いま、はじめてぼくがそう呼んだんだ」
 そう言って堤は今週のジャンプを置くと、庭におりてきた。
「黒須くんだったっけ。きみが住んでいるとこって下北沢よりさきだよね」
「そうだけど。きみはぼくの家のほうにきたことがあるのかな」
 黒須は『600こちら情報部』のお兄さんのように爽やかな笑みを浮かべている。
「ないない。ぼく、地図を見るのが好きなだけ」
 そして堤は呪文のごとく、なにやら唱えだした。聞いていると山本くんも知っている地名がいくつかでてきた。ど

「学校はどこ? 八王子?」
「ちがいます。ぼくは」さっきまでおれだったくせに、と山本くんは思う。よくもまあ、器用に使い分けるものだ。黒須が彼の住む町の名を言うと、母さんよりも堤が興味を示した。ジャンプを手にしたまま、身を乗りだしてさえいる。
「そこって小田急線の駅だよね」
 堤の屈託のなさに黒須は少しばかりたじろいでいた。
「あ、うん。そうだけど。えぇと、きみは」
「堤恭平。ヤマさんとおなじクラスなんだ」
「ヤマさん?」「ヤマさん?」
 山本くんと母さんで声を揃えて言ってしまう。
「山本くんは学校でヤマさんって呼ばれているのかい」
 黒須が訊ねてきた。ヤマさんなんて一度だって言われたことない。それもそうだが山本くんとしては、黒須が自分
を、くん付けで呼ぶのに違和感があった。『おれ』と『ぼ

こかの沿線の駅名を羅列しているらしい。山本くんをはじめ、黒須も母さんも堤が言い終わるまで、待たねばならなかった。
「いまのは小田急線の?」
 面食らいながらも黒須が確認するように言う。
「うん、小田原方面の駅名」堤は自慢げというより、恥ずかしげに答えた。
 そうだったのか。山本くんは驚いていた。小六にもなって九九もおぼえられない男が、こんなことができるなんて正直、信じられなかった。いったい堤の頭の中はどうなっているのだろう。
「すごいわねぇ」
 母さんが素直に感心している。
 だれにでも特技がある。南斗は知恵の輪をたやすく外せるし、本格的なカルボナーラがつくれ、萩原は柔道で都大会の準優勝者で、黒須は人並み以上のIQの持ち主だ。最

後のは特技じゃないか。まあ、いい。ぼくはどうなんだ。山本くんは考えてしまう。どんな特技がある? 漫画が描ける? いや、描けない。描いていない。
「相模大野駅からさき、江ノ島方面のも言おうか」
「それには及ばないよ」
 黒須が軽く受け流すと、堤は物足りそうな顔になった。
「あのぉ、山本くんのお母さん」
「なにかしら?」
「じつは今日、山本くんとふたりで勉強会をおこなおうと思っていまして。な?」
 な? と言われても困る。そんな話、いまはじめて聞いた。山本くんがきょとんとしていると、黒須は母さんの見えないほうの目でウィンクしていた。勘の鈍い山本くんもそれがなにを意味しているかくらいはわかった。話をあわせろというのだろう。
「あ、うん。そうなんだ」

 

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 母さんの声が鋭くなった。余計なこと、言ってくれるよ、堤のヤツ。
「や、休み時間だったよね。堤」
 できれば黒須のように、話をあわせろと合図を送るため、ウィンクをしたかった。しかし山本くんはできなかった。片目だけつぶろうとすると、両目をつぶってしまう。山本くんにはスポーツ以外にもできないことが多いのだ。ウィンク以外にも口笛は吹けないし、指も鳴らせない。逆立ちもスキップも反復横跳びもできない。
「ちがうよ」堤は口を尖らせた。「こないだの図工の時間、先生が競馬の予想でいそがしくって、自習にしたじゃん。あんときさ。忘れちゃったの?」
「競馬の予想?」母さんが繰り返す。「それ、ほんと?」
「うん」堤は無邪気にうなずく。「競馬新聞見て、赤鉛筆で印をつけてたからまちがいないよ。うちのオヤジもおんなじこと、しょっちゅうやってるし。ぼくも予想したこと

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「え? そうなんだ」と言ったのは堤だ。「どうしよ。困ったな」
「つ、堤くんはなにしにきたの?」と山本くんがきくと、堤は目を瞬かせた。
「どうしちゃったの、ヤマさん。ぼくのこと、くん付けで呼んだりして? いつもみたいに呼び捨てでいいよ」
 山本くんは自分の顔が赤くなっていくのがわかった。ちょっと黒須の真似をしてみたくなったのだ。ところがまさかそれを堤本人にばらされるとは。堤の口調がからかいや皮肉ではなく、ほんとに不思議そうなのがたまらない。山本くんは恥ずかしくてならなかった。
 穴があったら入りたいとはこういうことを言うんだろうな。
「このあいだ、図工の時間に山本くんが描いた漫画があっただろ」
「図工の時間に漫画?」

 

 山本くんが溝口と共作で描こうとしていた漫画の主人公達だ。たしかにこのあいだの図工の時間に山本くんが描いたものだ。
 いや、ちがう。ぼくが描いたのはスケッチブックの端っこだ。チラシの裏なんかじゃない。よく見れば微妙に絵の線がちがうし、なによりも、なんというか、つまりその、とてもうまい。達者だ。
「これは」
「山本くんが描いたのを思いだしながら、描いたんだ。どう?」
「ど、どうって」
「きちんと描けている?」
「あ、うん」認めたくなかったが、認めざるを得なかった。堤が描いたその絵は山本くん本人のよりもずっといきいきしていた。山本くんが描きたかった野牛十兵衛であり、不透明紳士であり、茶碗虫だった。

あるんだよ。去年、大穴当ててね。オヤジに寿司、おごってもらっちゃった」
 母さんの視線が山本くんにむいた。
 なんなの、この子? その目はあきらかにそう言っていた。こんな子とつきあっちゃ、駄目よ。
 山本くんは目を伏せた。 
「えぇと、ぼく、なんの話をしてた? ヤマさん」
「山本くんが描いた漫画がどうとかって話をしていたよ」と口添えするように、黒須が言った。
「あぁ、そうだったそうだった。ありがとう、黒須くん」
 堤は礼を言いながら、半ズボンのうしろのポケットから、小さく折り畳まれた新聞のチラシをだして広げた。印刷されていない裏側に、アイパッチをしている角の生えた侍と、からだじゅう包帯を巻いた男と、背中に羽を生やした茶碗が並んでいた。
 野牛十兵衛。不透明紳士。茶碗虫。

 

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で、さしだしてくれることだろう。なのに言えないでいる。
「山本くんはこれから勉強なんでしょ?」
「ええ、そうよ」母さんが言う。「勉強するなら、いくらでもうちをつかってもらってかまわないわ」
「そうですか。ありがとうございます」と黒須が威勢よく頭をさげる。おまえは高校球児かっていうくらいの爽やかさだ。
 黒須の行動は、おとなの前であればなおさら、芝居がかる。ドラマにでてくるヘタな子役に見えてならない。要するにインチキ臭いのだ。なのにモギリの女性も母さんも、そのインチキ臭さが嗅ぎとれないでいる。そのことが山本くんを苛立たせる。
 いっそのこと、こいつ、家出してきたんだよ、と叫んでしまおうか。
「それもあるけどのつづきは? 堤」

 からだが震えてきた。小田急線の駅名が諳んじられるなんてことはたいした特技ではなかった。堤の特技はこれだ。
 じょうずに漫画が描けること。
 堤が『三丁目が戦争です』の永井豪の漫画を丸写ししているところに出くわしたことがある。そのときもうまいと思った。嫉妬もした。いまはその気持ちがさらに膨れあがっていった。
「そっかぁ。よかったぁ」
「これを見せにきたの?」
「それもあるんだけど」
 堤は横目で黒須を見た。ほんの一瞬だ。それからチラシを折り曲げ、ポケットにしまった。しまうことないのに。できればもらって、自分の絵と比べたい。山本くんはそう思っていた。だったら言えばいい。その絵、くれないかと言えばいいだけだ。堤は断らないだろう。むしろよろこん

 

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