掌編集 『ゆびさき』  |  SIZUKU

掌編集

『ゆびさき』

月乃雫

01

 

 ハロウィンのおばけかぼちゃが消えた後、今度は街中にクリスマスが現れた。
 サンタが家に来なくなってはや数年。枕元に靴下を置いて眠った夜は遠い。
 私にとって「クリスマス」は、得体が知れないものだった。
 毎年、仕事から帰ると、家族で小さなショートケーキを食べる。
 わざわざホールで買ったりはしない。だって、次の日まで余っちゃうし。
 みんなで同じ味を食べるんじゃなくて、自分が好きなケーキを選びたい。
 だからうちの家族は、みんなでそれぞれのショートケーキを、もぐもぐと無言で食べるのです。
 ママは、スポーツクラブでの減量の成果を誰ともなしに話しながら。
 パパは、週刊誌に目を落としながら。
妹は携帯電話をいじりながら。
犬は、むりやり被せられたサンタの帽子を嫌がりながら。

 妹は、携帯電話をいじりながら。
 犬は、むりやり被せられたサンタの帽子を嫌がりながら。
 そして私は、お笑い番組をぼけっと見ながら。
 口に運んだ甘い生クリームと軽いスポンジケーキ。
 それから、冷たい銀のフォークの味。
 私にとって、これらが「クリスマス」という冬の祭りの味だ。
 妹のあずさが、携帯の画面を見ながら言った。
 「あたし、今日友達とパーティやることになった。ちょっと出かけてくる」
 話を止めたママが、あずさに言った。
「遅くなるの?」
 あずさはダイニングテーブルから立ち上がって、携帯をデニムのポケットに入れた。
「わかんない」
「わかんないじゃないだろ。帰る前には電話しなさい」
パパも雑誌から顔を上げて言った。

掌編集

『ゆびさき』

Noel

text | SIZUKU

28

掌編集

『ゆびさき』

 「わかんない」
 「わかんないじゃないだろう。帰る前には電話しなさい」
 パパも雑誌から顔を上げて言った。
 生返事をしながら、あずさは二階へ上がる。 念入りに化粧をしなくては、あずさは外に出られない子だ。
 「まひるは? パーティとか、ないの」
 ママが紅茶を飲みながら言った。
 「明日……。クリスマス当日に、彼氏のいる子もいない子も一緒に集まって、パーティーみたいなことはするつもり」
 「じゃあ、今日のイブは、彼氏のいる子はみんな忙しいってことね」
 彼氏がいる子も明日なら暇があるのね、とママは笑う。
 なんだか、どっと疲れる。
 親にまで、私に恋人がいないことが一目瞭然にばれてしまうクリスマスって、一体なんの罰ゲーム?

 彼氏がいない子は、いる子の日程にあわせるのが普通なのだろう。
 だけど、やっぱり何か…。
 何かが、しっくりこない。
 今年の冬は暖かくて、誰かのぬくもりが欲しいだなんて思うほどに、私の指先も冷えてはいないけれど。

 ケーキを食べ終わって、部屋に戻った。
 去年の冬にもらった小さなクリスマスツリーが、机の上にちょこんと飾ってある。

 『てっぺんのクリスマススターを付けるとき、お願い事を言うんだよ』

 これをくれた人が、わたしにそう教えてくれた。
 今年、このツリーを飾ったときに私が願ったことは、サンタクロースに届いただろうか。

27

text | SIZUKU

掌編集

『ゆびさき』

 『そのクッキーは、手づくりの方が良いんだって。できたら僕にもちょうだいね』

 あの人はそう言って、にこにこと笑っていた。
 ふいに思い出したその笑顔が懐かしくなる。
あの人がわたしのために作ってくれたクリスマスのCDをかけた。
 
 しゃんしゃんと鳴る鈴の音が、私にクリスマスを運んできてくれる。

 得体のしれなかった、クリスマス。
 なぜ、こんなにも人々はクリスマスを歓迎するのか。
 なぜ、恋人達はクリスマスの街を我がもの顔で歩くのか。
 なぜ、プレゼントをあげたり、もらったりするのか。
 あの人は私に、一つ一つ教えてくれた。

 少し冷えてきたので、暖房のスイッチを入れた。石油ストーブの「ぼっ」という照れたような音と、灯油のにおいが一瞬で部屋に広がる。
 ベッドに腰かけて、ふうと一息ついた。
 わたしの仕事先は大学の図書館だ。母校の図書館なら、司書の資格があれば採用してもらえると聞き、卒業後にそのまま就職を決めた。
 学生時代にあの人と初めて出会ったその図書館で、私はこの冬も過ごしている。

 ベッドに寝転んで、小さなツリーを見上げる。雪だるまのオーナメントが光って見えた。
 
『クリスマスの晩には、プレゼントを渡しに来てくれたサンタクロースのために、枕元にホットミルクとクッキーを置いてあげて。一休みしてもらうんだよ』

 そんなことを教えてくれたのも、あの人だった。

26

text | SIZUKU

掌編集

『ゆびさき』

 あの人がくれたツリーには、一つだけオーナメントがついていた。それが、あの小さな雪だるまの飾り。
 ムードなんて少しもない、小さな子どもが喜ぶようなもの。
 去年の冬、この雪だるまがついたツリーをもらったとき、うれしさと同時に「友達」としての彼を強く認識せざるを得なかった。
 確かな恋の証が欲しかったわけじゃないけど、それでも、違う何か。
 私はもっと、違う何かを期待していた。

 思い出の中のあの人が急ににくらしくなって、私は立ち上がり、雪だるまをぎゅっとにぎった。
 「あ……!」
 その感触に驚いて、手を離した。
 なんてこと。
 雪だるまは、雪の結晶になって溶けてしまった。
 
触れると溶けてしまうほどにはかない雪だるま。
彼と私の関係も、そんなものだったのだろうか。
目頭が熱くなった。
ふと気がつくと、雪だるまが溶けた手の中に、小さな指輪が残っていた。

 「クリスマスは、特定の宗教のためにあるんじゃないよ。色んな国の文化が混ざり合って、今のクリスマスがあるんだから」

 「クリスマスは、大切な人と過ごすべき日なんだよ。だから家族がいちばん大事だと思う人は、自然とそうすると思うよ。その時の自分が一人でいることが大事なら、自分を抱きしめる日にすればいいんだよ」

 「プレゼントは、君のことが大事だよっていうことを伝えるのに、わかりやすいじゃない。本当は、大事なものを分かち合うっていう意味らしいけどね」

 どんなことでも良く知っている人だった。聞いたことには、なんでも答えてくれた。
 でも、あの人はクリスマスが好きだったんだろうか。
 私のことが、好きだったんだろうか。
 それはとうとう、聞けないままだった。

25

text | SIZUKU

text | SIZUKU

 触れると溶けてしまうほどに、はかない雪だるま。
 彼と私の関係も、そんなものだったのだろうか。
 そう思うと、目頭が熱くなった。
 気がつくと、雪だるまが溶けた手のひらに、小さな指輪が残っていた。
 「これ……」
 この指輪にどういう意味があるのかわからず、私は静かに混乱した。

 その時、携帯電話が鳴った。私は驚いて、着信を確かめる。
 先ほど呼び出されてパーティに出かけて行ったはずの、あずさからだった。
「もしもし、あずちゃん?」
 私が電話に出ると、あずさは受話器の向こうから、くぐもった声を出した。
 「お姉ちゃん? ねえ、今部屋にいる?」
 「うん。いるけど。どうしたの?」
 「あ、ちょっと待って」

 あずさは、隣にいる友達と何やら話をしているようだった。
 「もうっ! あ、お姉ちゃんさ、ちょっと出て来ない? 私、駅前のスタバにいるんだけど、さっきほまれくんに呼び出されて、もう参ってるんだよ」

 ほまれくん…!?

 思いもしないその名前を聞いて、私の頭に血が上ってしまった。
 「どうして、あずちゃんがほまれくんと一緒なの?」
 「だからー。呼び出されたって言ってるでしょ。寒いのに、あずはもう帰りたいんだよ!お姉ちゃん、来てあげてよ」
 「どうして……。どうしてほまれくんが、あずを呼び出したりするの」
 「お姉ちゃんに会いたいからに決まってるよ! 去年振られたけど、諦めきれなかったんだって」

24

掌編集

『ゆびさき』

23

 個人主義でなんにもしない、我が家のだらけたクリスマス。
 それでも、妹は早く帰って来たいと言う。
 私も去年は、ほまれくんと過ごすより、家族と過ごすことを選んだ。
 だってそれは、ほまれくんが教えてくれたからだ。
 「あずちゃん。ちゃんと、おうちまでほまれくんに送ってもらいなさい。私は家で待ってるから。良いね。責任持って、送ってもらうんだよ」
 電話を切ると、私はやっぱりほまれくんがにくらしくなった。
 私の可愛い妹を、この寒い中、なにを勝手に呼び出してくれてるの?
 会ったらぜったい、ゆるさないんだから。
 そして、この指輪の意味も問い詰める。
 「去年のクリスマスに、君と家族になりたかった」
 なんて言っても、簡単には許さないんだから。                (了)

掌編集

『ゆびさき』

text | SIZUKU

 「ふ、振ったりしてないよ、私!」

 あずさの言葉が信じられなかった。ますます動揺してしまう。
 ほまれくんがくれたツリーが机の上で揺れる。
 あずさは、隣にいる人とまた何やら話している。
 「あんなの、振ったのと同じだって! 去年、おねえちゃんがクリスマスは家族と過ごすってほまれくんに言ったんでしょ? それで、振られたと思ったって」

 そんな…。
 ほまれくんが言ったのに。
 大事な人と過ごすのがクリスマスだって……。

 「ねえ~、もうバトンタッチしてよ、お姉ちゃん! あずももうおうちに帰りたいよ」

掌編集

『ゆびさき』

オーロラの色紙

text | SIZUKU

22

私は、ただお祭りに行きたかったわけじゃない。

だって、七夕なんだよ。
一年に一度、織姫と彦星が会える大事な日なんだ。
だったら、晴れなくちゃウソだよ。
二人を隔てている天の川が雨で氾濫しちゃったら、会えないじゃない!
大好きな人に会えないのは、悲しいことだもの。

『ねえ、ニコちゃん。また再来週に農協フェスティバルがあるじゃん。そこで屋台もたくさんでるし、今日は諦めるっきゃないよ』

マコちゃんは私を元気づけようとして、電話口で明るく言ってくれた。

7月7日、雨。

『今日のお祭り中止だってー。この雨だもん、織姫と彦星も会えないね』

一緒にお祭りに行く約束をしていたマコちゃんから、夕方に電話がかかってきた。 
「そ、そんなこと言わないで、マコちゃん」
『言わないでって言われてもさー。お祭りの準備もできてないと思うよ。朝からずっと雨だもん』 
「・・・・・・」
天気予報では、おとついから今日の雨をしつこいくらいに予告していた。でも、私はどうしてもあきらめられなくて、信じ続けていた。
今日はぜったい、晴れるって。

21

「今日、スーパーで配ってたの。ついもらって来ちゃった。一緒に笹の葉飾りを作りましょうよ」

「笹の葉かざり?」

学校ではみんな一緒に飾りを作って、大きな笹に短冊をつるしたけれど、家でやるのは幼稚園の頃以来だった。

もしかして、お祭りに行けなくて落ち込んでいる私のために、ママが用意してくれたのかもしれない。

「…うん。作る」

「オッケー! はさみとのりを持ってリビングに集合ね」

でも、そうじゃないの。
七夕に晴れなくちゃ、意味がないの。
だって…。

でも、そんな子どもっぽいことを言ってマコちゃんを困らせても仕方ない。
私は受話器をおいて、無常にも降り続ける窓の外の雨を見つめた。

「ニコ」

出窓から外をぼんやりと見ていた私の顔を、ママがそっとのぞきこんだ。

「…なあに」

ママが持っていたのは、小ぶりの笹の枝だった。

掌編集

『ゆびさき』

text | SIZUKU