Refugee  |  JiroOse

 

2004年12月26日の朝、津波警報はインド東海岸に広がる貧しい漁村の集落では鳴らなかった。突然ジェット機と同じスピードで押し寄せた津波は粗末に建てられた集落を瞬時にして崩壊し、インドのみで合計1万8千人が死亡、5千6百人が行方不明、64万七千人が家を失った。スマトラ島沖大地震が原因の津波によってインドネシア、タイなど各国あわせて23万人が命を落とすことになる。
 
近年急速な経済発達を続けてきたインドは自ら救助と復興はまかなえると国際援助を拒否する。津波発生後一ヶ月後に訪れたナガパテナム村には政府による大規模な修復活動の兆しは全く無く、空襲によって廃墟と化したようなスケープだった。カースト制度の下層に属する漁村の人達は崩壊された家屋や船の破片を一つ一つ手で拾い上げていた。

漁村の人々を養ってきた海はあの日容赦なく人々の命を飲み込んでいった。

 
 
 

津波の破壊力を見せ付ける光景

 
 

鉄筋の入ったコンクリートの壁だけが残存した

 
 
 
 
 
 

精魂を使い果たした男性

一本一本の再建

 
 
 
 
 
 

我が家と肉親を瞬時に奪われた老女

両親を亡くした一人ぼっちの孤児

 
 
 

第二次世界大戦後、最大の犠牲者を生んだ紛争とは何か?そう問われたとき朝鮮戦争やベトナム戦争を挙げる人が多いだろう。しかしその戦場は意外にもアフリカの奥地にあった。しかもその国では今でも飢餓と病気、そして虐待によって、今も一日平均約1500人が命を落としている。

「アフリカ大戦」とも呼ばれるコンゴ民主共和国とその周辺国を巻き込んだ紛争では、1998年から2008年の間だけでも540万に及ぶコンゴ人の命が奪われた。

コンゴでは武装集団による殺戮、飢餓、病気、汚職と、途上国が抱える問題の全てを最低最悪のレベルで背負っている。国際連合は歴史上最大のPKO(平和維持軍)を派遣してこの痛烈なサイクルに歯止めを掛けようと試みているがコンゴが抱える闇は暗く深い。