刺激という名の香辛料を求めて /僕のモデルたち        |  hanataro

 
 
 

刺激という名の香辛料を求めて
/僕のモデルたち
     

Prologue

 個人旅行をするようになって、2、3年。これまで多少なりとも海外を歩き回ってきた。国としてはタイを始めとする東南アジアやそこから西へ画面を変えれば見えてくるインド、そして日本の裏側へぐるっと回った南米ペルーなどなど。街としては、観光に1日もいらないぐらい小さなものから日本の主要都市に迫る程の大都市まで。地図の上では点と点の移動に過ぎないが、僕にはその点の中には絡み合って解け無いぐらいごちゃごちゃした軌跡が見える。そして、その軌跡には鮮明に記憶された想い出も一緒になってくっ付いてくる。思えば、足跡を残してきたこの道の上にはとても多くの出会いと想い出があった。ゆっくりと時間を重ねて現地仕様となったはずの思考と服装と外見は、帰国の度に「ニホンイロ」に戻っていくのに、ノートに殴り書きされた沢山の記憶だけはどうしても心の中にずっと残って消えていかないでいる。
 物売りのおばちゃんとのやり取りや、子供たちと一緒にはしゃいだ事、路頭に迷った時の親切な道案内、そんな小さな想い出が僕の心を掴んで離さない。一つ屋根の下の晩餐会に招待された時もそう、一日中英語を使って考えをぶつけ合った時もそう、いつもそこには人々がいた。今では笑い飛ばせるようなトラブルに巻き込んでくれたのも人々だし、病で完全に参っていた時に傍に居てくれたのもこれまた人々だった。僕の旅はそんな彼らとの出会いがあって出来上がっていて、それがどこにも見当たらないのなら僕が旅を続ける理由はないだろう。
 地図に残した足跡の上で生まれた数々の出会い。ここでは、とりわけ惹かれた子供たちにスポットを当てて、観光客として、旅人として、そして一個人として僕が見てきた世界をお届けします。

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五花海にて@JiuZhaiGou_China

 
 

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「小さなカメラマン」




はにかみなその女の子は、人気(ひとけ)のない静寂に包まれた昼下がりの午後の第三回廊で遊んでいた。斜めに差し込む陽が膨大な時の記憶を閉じ込めた神々の産物に光と影の世界をつける。天井が遥か上に見え、声が染み込むように響く広い空間で踊っているような彼女の姿はとても綺麗で浮き上がって見えた。そこは彼女の遊び場であり、言ってしまえば舞台だった。たった一人の観客に気付くと彼女はこちらに目を向けるが早いか回廊を支える何本もの白い石柱の奥に隠れてしまった。遊ぶ物音がなくなったのも重なり、ますます静けさが増した頃、柱の物陰から顔だけがひょこり。照れと嬉しさを入り混ぜたその表情はからっとしたとびっきりの笑顔じゃなかったけれど不思議と彼女を魅力的に見せた。

時の流れるままに@GrandCanyon_USA

 
 

路地裏ハイウェイ@PhnomPenh_Cambodia

 

スマトラ沖地震の最たる被災地、バンダアチェ。未だ癒えない沢山の傷痕を目の当たりにしたが、それでも人々は憂うことなく逞しく生きていた。

 
 

手をつなごう@BandaAceh_Indonesia

 

                                                                                                                「The Tribe」




大人から子供まで、彼ら民族が教えてくれた無邪気な心。
捨てていくもの、忘れていくもの、無くなっていくもの。
生きる流れの中ではごまんとある。
それでも、これだけは失くさないようにしよう。
いつも自分の傍に置いて、いつもポケットに入れて持ち歩こう。
はしゃぎたい時ははしゃげばいい。
泣きたい夜には、枯れるまで泣いたらいい。
いつも自分に素直に、正直に。

 
 
 

the tribe@ChiangMai_Thailand

大きなバックパックと汗を滴らす僕を見兼ねた家の主人、「ここらで休憩にしたらどうだ!」
呼び掛けに連れられてお邪魔した扉の向こうでは楽しそうに鉛筆を走らせる子供たちがいた。

 
 
 

homework@DanauToba_Indonesia

彼女は、表情こそ一つ変えなかったものの、しかし機敏な動作で颯爽と部屋を抜け、バンドエイドを母屋から取ってきてくれた。そして、巻いてくれた。
 翌日、僕らがこの家と島を出る時間になって、娘は笑顔で手を振り見送ってくれたが、その奥に見える彼女は一歩も動くことなく、最後までその表情も崩すことは無かった。それでも昨日のあの出来事を思い返す度に、かすかに垣間見えた彼女の優しさに僕はぽっと灯がともるような温かさを覚えるのだった。それはTVで刷り込まれたアットホームな滞在とは全く程遠いものだったけど、この島に吹き渡る風のような安らぎを何故か僕は心一杯に感じていた。

「チチカカの島で」

果たして海にも見える世界最高所の湖に囲まれたこの島には、スーパーマーケットもコンクリートの道路も夜道を照らす外灯さえも無い、ただただとんでもない大自然が待っていた。視界に映るのは、家畜と畑と、それらで自給自足の生活を営んでいる民家がまばらにぽつぽつと点在する田園風景だった。ここでは、観光客相手のプチステイが島民の唯一の収入源であり、今晩、僕らはそのうちの一軒でお世話になる。
 ハエとモルモットが同居する二畳も無い小さな台所は、うなぎの寝床のように奥に細長く、まな板、釜戸といったものが順々に並んでいる。シンクはなく、水道の蛇口もなく、汲み置きの水で野菜や食器を洗浄する。床は地続きの土で、壁は泥を固めたレンガ、そして黒いインクがぶちまけられたかのようにそれらは真っ黒のすすでびっしりと覆われていた。ここの低い天井からぶら下がる電球も黒色に模様替えされていて、そこから淡く籠(こ)もれ出る光はとても綺麗だった。
 お婆さんとした方が適当だろうか、今晩の世話をしてくれるお母さんは僕らのための夕食を準備してくれている。この島の住民が皆そうであるかは分からないが、しかし少なくとも彼女はこの仕事に飽き飽きしているかのようにどこか消極的に見え、食事の準備にしてみてもそこに感情は無く、ただそれだけの事としている気がして僕はならなかった。言葉の通じない相手とは分かり合えないと決め込んでいるのか、何かしら手伝おうとする僕にはただ指をふっとさしたり、言葉少なに単語一つで済ませるのだった。無愛想で、不器用で、もしかすると初対面の人間との接触に慣れていないのかと思ってみても、娘と会話している表情も大して変わらない。
 すると、こんな事があった。ジャガイモの皮を剥いているシーン。僕は余りの切れの悪い包丁とそれに伴う仕事の進まなさにどうにもならない憤りを感じていた。そして、割り増しの力を入れた途端にさくっと親指の皮膚まで到達してしまった。

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