BLACK PERFUME あばれ旅 SS3  |  pinksun

 
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あばれ旅 SS3

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BLACK PERFUME あばれ旅 SS3

目次



海辺のアルバム ……………………………………… 04


ナナの天国 …………………………………………… 32


天国にいちばん近い湯島 …………………………… 52

 

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海辺のアルバム

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海辺のアルバム

始めようと言い出したのは、新しいマネージャーの松本だ。いつも精力的に動き回り、いかにもやり手といった雰囲気を漂わせていた柴山と違って、金髪でチャラい格好をした松本は茫洋として掴みどころがない。加えて極端に口数が少ないので、何を考えているのかさっぱり分からない人間だ。それでも彼のなかでは常に何事かが計画されているようで、時々ぽつりと決定事項だけを伝える。「ブログやるよ」というふうに。

 西秋と大木はピンとこないようだったが、芦野はちょ
っと嬉しかった。文章は苦手だけれどもブログなら写真も載せられる。以前から興味を持って、独学で少しずつ練習していたカメラの腕を見せる機会だ。さっそく撮りためた写真の一部を松本の元に持参したのだが、そっけなく「ケータイでいい」と一蹴されてしまった。BLACK PERFUME メンバーの日常をざっくり無造作に切り取った、ゆるい感じにしたいということらしい。

「あ、猫」
 日だまりの石段に丸まって眠る黒ぶちの猫を見つけ、芦野は注意深くレンズを向けた。シャッターボタンを押そうとしたそのとき、ファインダーいっぱいに収まった顔のヒゲがぴくりと動いて猫がゆっくり目を開けた。芦野と猫の視線がレンズを通して交錯し芦野は硬直した。耳に届いていた波の音も遠ざかり、時が一点に凝縮されたような気がした。永遠と思えるような一瞬の後、やがて猫は何もなかったかのように目を閉じ、まどろみはじめた。知らぬ間に呼吸を止めていたのに気づき、芦野は静かに息を吐き出した。失敗しちゃったな。芦野は結局シャッターを切らぬまま、カメラを下ろした。

 江ノ島に来るのは久しぶりだった。夏の間ずっと行こう行こうと思っていたのだが、それは叶えられぬまま、すでに新しい年を迎えていた。
 二月三月と連続して発売される新譜に向けてブログを

 
 

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 いつもは弁天橋を通って島に渡るのだが、今回は橋の手前にある船着場から、べんてん丸に乗ってみた。シーズンオフにも関わらず、乗客は結構多い。片瀬川を下るべんてん丸はほどなく河口を出て、左手に江ノ島を望みながら進む。
 海から眺める江ノ島は存在自体があまりに唐突で、まるである日突然空から降ってきた森のようだ。こんもり茂った樹木がてらてらと陽の光を反射し、根源的な生命力を感じさせる。
 やがてのんびり糸を垂れる釣り人がぽつぽつ見える磯を過ぎると岩屋海岸の船着場に到着だ。十分ほどの短い船旅は、あっけなく終わった。船を降りた乗客たちは稚児ヶ淵や岩屋、あるいは島の奥へ進む石段と、思い思いの方角へ足を向ける。いっとき、周囲はざわめきに包まれたが、乗客の姿が遠ざかるにつれて静けさが戻ってきた。芦野はひと気がなくなるのを待ちながら、桟橋からきらきら海面が輝くはるか沖へと目をやった。空には数

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確かに、西秋や大木の写メ日記に混じって、一人だけ本格的な写真作品を載せるわけにもいくまい。いや、それ以前に、まだ作品と呼ぶのもおこがましい習作に過ぎない。人様にお見せするのも申し訳ないと早々に諦め、今までどおりカメラは趣味として続けていくことにした。
 昨年末から新譜の準備に大学受験にと、ずっと続いていたきついスケジュールのなか、この日はようやく取れた久々のオフで江ノ島に撮影旅行に来ていた。旅行とは大げさで、せいぜい散歩程度ではあるけれど。

  ★  ★  ★

 江ノ島は芦野のお気に入りの場所だ。海と山と町、すべてがコンパクトにまとめられたこの島が、彼女には宝石箱のように感じられる。何度訪れても新鮮な景色を発見できて、飽きることがなかった。カメラを携えてぶらぶら歩くのには最適だ。

海辺のアルバム

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羽のトビが舞っていて、笛の音めいた鳴き声が微かに鼓膜を震わせる。ほんの少し海を隔てただけで、なぜこんなに静かなんだろう。騒音とは人間の経済活動によって発生するものに違いない。芦野はそう思い至り、しばしの静寂を満喫した。

 芦野は誰もいなくなった海沿いの小道を石段へと進んだ。このまま一気に恋人の丘まで登り、その後は東参道に折れるか展望台に向かうか、気分次第で決めよう。注意深く被写体を探して歩きながら、最初の茶屋を過ぎてすぐ見つけたのが、あの黒ぶちの猫だった。
 普段、芦野が撮るのは静物や風景が主だ。自分がまだ被写体に対峙できるだけの力を持っていない気がして、
人物にレンズを向けることには躊躇してしまう。人間に限らずいきもの全般に対しても苦手意識があるのだが、しかし猫だけはなぜか気負わずに撮ることができる。こちらがどんなに思いを込めても、まったく意に介さず受

 
 

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海辺のアルバム

け流してくれる気がするからだ。彼らはモノとイキモノの中間に位置する存在だと、芦野は思っていた。それだけに、いきなり視線を合わせられたりすると、生々しい命の片鱗に触れたようで、たじろいでしまうのだった。
 苦手なのは写真自体にも言える。幼い頃、芦野は写真というものが大嫌いだった。

  ★  ★  ★

 学校に上がる前から、盆暮れには両親や兄と祖母の家へ帰省するのが常だった。思い返せば、港近くに建つ古い大きな家はいつも潮の香りがして、江ノ島の空気とどこか通じるものがある。帰省は楽しみだったが、ただ家の奥にある仏間だけは怖かった。薄暗く冷え冷えとした仏間の鴨居には、会ったこともない先祖の肖像が並び、芦野を生気のない目で見下ろしていた。心の底を凍らせるような、固く強ばった白黒の顔。怯える芦野に「ただ

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の写真だから怖くないよ」と母が言った。そうか、この恐ろしいものは写真というのか。それは最も古い記憶のひとつとして彼女に刻み込まれた。

 仕事の都合でたびたび転居を繰り返していた芦野の一家だが、出会ってはすぐ別れてしまう人々や場所を、両親は芦野とともに多くの写真に収めた。別れの悲しみを癒すため、あるいは思い出のよすがになればとの両親の配慮だった。しかし別れることを悲しいと思う感覚自体を芦野は持たなかった。それは彼女にとって当然訪れる日常の延長だったからだ。シャッターを切られる瞬間ごとに積み重なる、乾いた過去のデスマスク。写真は芦野のなかで、いつしか死のイメージと強く結びついた。それからは写真を見ることも、もちろん撮られることも自然と避けるようになっていった。

 写真に対する忌避が解消されるきっかけになったのは

小学校の半ばから広島に暮らしはじめたことだ。ここで彼女は初めて転居と縁のない生活を送り、周囲の人々と少しずつ関係を深めるようになっていった。友達もできた。それまでは同じクラスで学ぶ生徒を他の人間と区別するために「友達」と呼ぶのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。世界に対する認識を新たにするにつれ、写真にも、幸福な記憶を保存するという効用があるのに気づいた。かつて写真を見るたび胸に兆した感情は、自分では意識していなかった、二度と再会できない人や場所に対する悲しみだったのだ。写真の中の人々にいつでも会えると理解して以来、広島での遠足や学芸会や運動会の写真を見ると顔がほころぶようになった。安心感──それが彼女の写真に対する意識を変えた。写真は死の象徴ではなくなった。

 小学五年生で友達の一人に誘われてアクターズステージに通うようになると、写真を撮られる意味も変化して

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や、そんなことはない。きっと自分も彼氏とここに来れば、同じように錠を──「ありえんわあ」。慌てて芦野はその考えを打ち消した。そうだ、彼氏と一緒なら水族館に行こう、そのほうがずっといい。江ノ島は、デートコースにするには自分の内面に近すぎる。この場所を二人で歩ける相手がもし現れたとしたら、それこそ特別な人だろう。芦野はハートマークが描かれた南京錠にレンズを向けながら顔を赤らめた。
 妙な気分になったので恋人の丘を早々に退散する。知らず知らずのうちに、呪いに引き込まれていたようだ。

 岩屋参道へ戻り、さらに先へ進むと土産物屋や民宿が立ち並んでいる一帯に出る。この辺りは山二ツと呼ばれる、両側から海が大きく切れ込んでくびれた部分で、道のすぐ脇は目もくらむような崖だ。空中にいきなり出現する家並みには、いつも不思議な感覚を抱かざるを得ない。なぜわざわざこんな場所に町が作られたのだろう。

 
 

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いった。単なる記録という受動的な位置づけでなく、こんどは撮られることで自分を表現するよう求められたのだった。印画紙に焼き付けられた自分の姿は、普段の彼女とまったく違う様々な表情を見せていた。食わず嫌いだったものを口にした途端、一転して大好物になってしまうようなもので、それ以来写真に対する関心は俄然高まった。

  ★  ★  ★

 相模湾を一望できる恋人の丘には、いつから始まったのか、フェンスにびっしりと南京錠が取り付けられている。ここを訪れたカップルが永遠の愛を誓って残していくということだ。潮風にさらされすっかり錆び付いたものもあり、それらを見るたび芦野は「まるで呪いだ」と思う。遊びの延長に近い気軽な行為なのだろうが、その気持ちの底に粘りつくような澱を感じてしまうのだ。い

海辺のアルバム

海辺のアルバム

とができる。木漏れ日と波の輝きがそれぞれの波長で共鳴し合って奏でられる、光のポリリズム。自分でも写真を撮ってみたいと思ったのは、こうした光が乱舞するかのような作品を創り出す女性写真家の存在を知ったからだ。

  ★  ★  ★

 インディーズデビューによって芸能活動を開始した芦野は、レンズを向けられることが日常の一部となっていた。仕事がらみの姿は、ありとあらゆる場面が撮影されていると考えて間違いない。時を経るに従って慣れはしたものの、少しばかり窮屈さを覚えはじめていたのも確かだった。

 そんなとき、たまたま雑誌で目にしたのが、その写真家の作品だ。それらは今まで見たこともない鮮やかな色

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この光景はペルーのマチュピチュに匹敵する世界遺産級のものだと、芦野の鼻息は意味もなく荒くなった。
 昭和の香りが漂う町の様子を、ああでもないこうでもないとファインダーで切り取りながらぶらつく。被写体にへばり付いている先入観を振り払うのは難しい。迂闊にレンズを向けると観光写真の出来損ないにしかならないのを今まで何度も経験しているし、考えすぎて他人に伝わらない写真になることもしばしばだ。未熟な写真は未熟な自分自身の反映だと判っているだけに、悔しくてしょうがない。この衝動をそのまま形にできればいいのにと、じれったい気分がどんどん膨らんでしまう。

 ちょっと熱くなっとる、クールダウンした方がええ。芦野は石段を下り、展望台方面へとまた上りになる少し手前、中村屋本店の脇を東参道へと折れることにした。裏道とも呼ばれる、人通りの少ない静かな小道だ。道沿いに建物などはなく、木立の向こうに海を透かし見るこ

 
 

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